| アルジャーノンに花束を |
以下があらすじ。 (wikipediaより引用・ネタばれに注意してください。) ―――――――――― 主人公である「彼(チャーリィ・ゴードン)」自身の視点による一人称で書かれており、主に「経過報告」として綴られている。最初の頃は簡単な言葉や単純な視点でのみ、彼の周囲が描かれる。 精神遅滞の青年チャーリィは子供の頃、知能的には正常であった妹に性的な乱暴を働いたと家族に誤解され、母親に捨てられた。別れ際に彼女が発した「いい子にしていれば迎えに来る」という言葉を大人になっても信じている。知的障害の為、幼児並の知力しか持っておらず、そのことでパン屋の従業員にからかわれたり、騙されいじめられていることや、母親に捨てられたという事実は理解できない。彼は自身がスピナーと名づけたガラクタを眺めるのが趣味であった。誰にでも親切であろうとする、大きな体に小さな子供の心を持った、おとなしい性格の青年だったのだ。 ある日、彼はパン屋の仕事のかたわら通う精神遅滞者専門の学習クラスで、監督者である大学教授から、開発されたばかりの脳手術を受けるよう勧められる。先んじて動物実験で対象となったハツカネズミの「アルジャーノン」は、驚くべき記憶・思考力を発揮し、チャーリーの目の前で難関の迷路実験で彼に勝ってしまう。この手術の人間に対する臨床試験の被験者第1号として、彼が選ばれたのだ。 手術は成功し、チャーリーのIQは68から徐々に上昇。ついには150に達し、彼は超知能を持つ天才となった。チャーリーは大学で学生に混じって勉強することを許され、知識を得る喜び・難しい問題を考える楽しみを満たしていく。だが一方で、頭が良くなるに連れ、これまで友達だと信じていた仕事仲間に騙されいじめられていた事、忘れていた父親から受けた 虐待の記憶、母親に捨てられた事など、知りたくも無い事実の意味を理解するようになる。 そんなチャーリィの豹変によって誰もが笑いを失った。不正を追及したことでかつての仕事仲間は彼を恨むようになり、遂には手術を行った教授の間違いを手酷く指摘して仲違いをしてしまう。周囲の人間が遠ざかっていく中で、チャーリーは手術前には抱いたことも無い孤独感を感じるのだった。また、彼の未発達な幼児の感情と、突然に急成長を果たした天才的な知能のバランスが取れないことに加え、未整理な記憶の奔流がチャーリーを苦悩の日々へと追い込んでいく。 そんなある日、自分より先に脳手術を受け、彼が世話をしていたアルジャーノンに異変が起こる。チャーリーは自身でアルジャーノンの異変について調査を始め、手術に大きな欠陥があった事を突き止めてしまう。手術は一時的に知能を発達させるものの、性格の発達がそれに追いつかず社会性が損なわれること、そしてピークに達した知能は、やがて失われる性質の物であることが明らかとなり、彼は失われ行く知能の中で、退行を引き止める手段を模索する。 彼は経過報告日誌の最後に、正気を失ったまま寿命が尽きてしまったアルジャーノンの死を悼み、これを読むであろう大学教授に向けたメッセージとして、「アルジャーノンのお墓にお花をあげてください」と締め括る。 「本当の幸せとは何なのか?」そして「天才になる事は本当に幸せに繋がるのか?」というメッセージを孕んだ、多くの人が涙した作品である。 ―――――――――― 最初の方が (実際はうまく訳しているということなのだが…) 非常に読みづらかったので、 しばらくの間放ってあったのだが、 少し時間的に余裕が出てきたので、 途中から読み始めたら、 一気に二日間くらいで読んでしまった。 そしていつもの事ながら、色々考えさせられた。 もっとも深いものは、 あらすじの最後にある 「本当の幸せとは何なのか?」 「天才になることは本当に幸せにつながるのか?」 ということだけどね。
自分はもちろん凡人だけど、 チャーリーと似た面が一つあると思った。 今では考えられないと言われるかもしれないが、 僕は実際に小学生低学年くらいまでは 成長が遅い子だった。 両親、特に母親の熱心な教育のかいがあって、 今の自分がいるんだけどね。 そう、だからそういう過去も含めて、 自分は主人公と同じように、 「知」というものに対して貪欲なのかな? 時間に関しても、とにかく早く、早くと 無意識にそう思ってしまうのかな?って感じた。
もちろん、知ることにはおおいな意味がある。 ―――――――――― 学ぶことの奇妙さ。奥深く進めば進むほど、存在すらしなかったものが見えてくる。ほんのしばらく前まですべてをー世の中のあらゆる知識―を学ぶことができると愚かにも考えていた。今の私は、せめてその存在だけでも知ることができたらと思う。そしてそのほんのひとかけらでも理解できさえしたらと願うものである。時間はあるのか? ―――――――――― こんな文があったが、まさにそうだと思った。 アリストテレスのいう、「無知の知」である。 ただ、いくら「知」を増やしても、 「感情」が成長しなければ、 幸せにはなれない。 そして「感情」の成長には時間がかかるし、 手術等でどうこうなるわけではない。 (今のところは…という話だが) そして「感情」から逃げている限りは、 その成長は見られないわけだ。 現実社会の中に出て行くことで、 もまれて、悩んで、悩んで、悩んで、 そうしてこのファクターは育っていくのである。 もちろん「知」が助けになることはあるかもしれないが、 それと同時に邪魔になることもあるのである。 要はこの話から何が言いたかったかというと、 自分は自己中心的側面が強いのではないか? ということに改めて気がついて 寂しくなったというわけなんですがね (うまくいえないが…苦笑)
それ以外に、もう一つ引っかかったのは、 天才である主人公が、 自分の未来について予測がついたときの反応である。 人間は、死後の世界を知ることができない。 ただ、知ることができたとしたらどうなりますか? 正常に日常生活を送ることができますか? そんな命題も含まれているかもしれないと思った。 現代の人たちは、 「死」というものに対する意識が低いのかもしれない。 このことを作者が提起しているような気もした。
そんな中で、最後に主人公が残した言葉が、 「アルジャーノンのお墓にお花をあげてください」 であったということ。 この言葉にこめられたメッセージとは何なのだろうか? 答えは作者にしか知ることができないし、 深くて、僕なんかにはまだまだ…わからない。 (深読みしているだけなのかもしれないけどね) でも、考えることには価値がある。 そう僕は信じている。 ただ「悲しい」「涙が出る」だけではすまされない、 現代の聖書(バイブル)と言われるゆえんが これらにあるのではと思った。 読んで良かった。
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Author:タム
こんにちは。 大学4年生になりました。 タムです。 今年も、 終点なき道を走り続ける予定… 寄り道ばっかだけどね。 そんな僕ですが、 優しく見守っていただけたらと 思います。 コメントとかもどしどし 寄せて下さい。 よろしくお願いします!!
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